句集紹介・3
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西野文代・俳句俳景『おはいりやして』 ー自在さとは「若さ」の本質、西野俳句ー

この本は厳密には句集とは言えません。句文集とでもいう内容のものです。それにしても「一粒で二度おいしい」などと、昔昔の某キャラメルのコピーを引き合いに出して紹介するのは少々気がひけるのですが、「句もおいしい」し、「文章もおいしい」という、読者にとっては言うことなしの一冊であることはまちがいなし。それにしても、やわらかな関西弁で語られる本文も、1ページ5句ずつ披露される句作品も、いずれも柔軟な思考とみずみずしい感性、そして日々の生活の中に深く根ざした「叡知」によって綴られているように思います。そして、何よりも全体を通じて感じるのは、「若々しさ」と言うこと。長く生きるということはすこしずつ「若さ」をすり減らして生きるということではない、そんな事を思わせる作品集でした。
 

「俳景」より
「聞こえませぬ」より   
その年の懸想文売りは匂うように美しかった。おもてをつつむ白絹のあわいからのぞく切れ長な目。それは、男であるということを忘れさせるほどの艶があった。さて。その日の袋まわしの袋に、ためらわず「懸想文」と書いた。と、「誰ですか。こんな作りにくい題を出したのは」波多野爽波先生の声がとんで来た。私は、金八百円也でもとめた懸想文を、うやうやしく先生に捧げた。……(ほんの一部だけ紹介しました。艶のある文章ですね。)
 
 
「おはいりやして」10句
さくらんぼにはもうなれぬさくらしべ 寝台車いちばん上で身にしむよ
つかの間を水に浮きたる霰かな ぬばたまのこの奥にまだ部屋がある
先生のひるねおこしにゆく役目 夏至といふ渡り廊下の節穴よ
七夕の魚浮いてゐる汐だまり 賀状まづ西神仮設と書きいづる
しぐるるやへつつひの燠ひとすくひ 蜷の道切れたところに蜷がゐる
 
 
 
西野文代略歴  
1923年京都生まれ。  
1943年京都府立女専文科卒業。  
もと「青」「駒草」同人。  
現在、「紫薇」「晨」「童子」同人。  
現代俳句協会会員。  
句集に「沙羅」「ほたうに」「そのひとに」がある。  
*なお、「おはいりやして」は蝸牛社より1400円にて販売。